【日野宿本陣】佐藤彦五郎の旧宅は新選組幹部たちのふるさと。

こんにちは。ケンスケです。

「本陣」ってご存じですか?

そう、江戸時代にお偉いさんが泊まるところです。

今回、東京日野市にある「日野宿本陣」にいってきました。

この「日野宿本陣」。実は江戸時代末期、重要な役割を持った場所になったんですよ。

キーワードは「新選組」。

新選組に詳しい方はもうご存じかもしれませんね。

新選組の結成にも深く関わりのある場所なんです。

というわけで、

『【日野宿本陣】佐藤彦五郎の旧宅は新選組幹部たちのふるさと。』

さぁ、レポート行ってみましょう。

まず、本陣について。

江戸時代には「参勤交代」という制度がありました。
各地の大名が1年おきに江戸と自身の領地を往復させる制度です。

江戸幕府が各地の大名の力を削ぐために行っていた人質政策ですね。
当時はもちろん、飛行機はありません。車も新幹線もありません。
大名行列といって、家臣たちがぞろぞろと街道を行き来していたんです。

領地が遠い大名だと何か月もかけて江戸と領地を往復しなければなりません。
そのときに大名が宿泊したり、休憩したりする場所「本陣」です。

大名のほかにも朝廷の使者だったり、幕府の役人だったり、一定の身分のものしか宿泊が許されていませんでした。

この「本陣」は全国各所にありました。
本陣は身分の高い人しか宿泊できないため、他の家臣たちは宿を探さなければなりません。

なので、
お供をたくさん連れた殿さまたちは、街道にある「宿」場町で宿泊するので、本陣はその宿場町に配されていました。

で、
「本陣」はその地域の【名主】(なぬし)の居宅が指名されて任されていました。
【名主】とは、村の長で、領主に変わって村の行政を担っていました。

【脇本陣】というのもあって、【本陣】の控えとして使われていました。殿様の宿泊が重なってしまったときは身分の低い方が【脇本陣】を使うことになっていました。

今回訪れた日野宿本陣は、この【脇本陣】。
日野宿には上佐藤家と下佐藤家があって、それぞれ本陣と脇本陣を任されていました。

この脇本陣に指名されていた下佐藤家の当主。
江戸の終わりごろには、佐藤彦五郎が勤めていたんです!
この頃には【本陣】を称していたそうです。

※佐藤彦五郎は日野の名主で、土方歳三の姉のぶの旦那さん。
天然理心流の道場を自宅に作り、近藤勇や新選組を支援していた人物。

この佐藤彦五郎が住んでいた屋敷にのちに新選組隊士となった土方歳三や井上源三郎、沖田総司なども出入りしていたですね。

本陣の中は・・・。

 

やっぱり、東京に住んでいて、新選組好きなら日野に行くしかないでしょ!

ということで、休みの日にちょこちょこと日野にある新選組ゆかりの地へ出かけています。

今まで井上源三郎資料館、土方歳三資料館、佐藤彦五郎新選組資料館へ行ってきました。

そして、手近で行っていないところといえば・・・「日野宿本陣」です。

 

 

日野宿本陣はJR日野駅から歩いて10分ほどでしょうか。途中、八坂神社を通ります。
八坂神社は天然理心流にもゆかりのある場所。
こちらにも寄ってお参りしてきました。

門から玄関まで

そして、たどり着いた日野宿本陣。
まずは立派な門が目に入りますね。

でも、その横を見ると・・・

【天然理心流佐藤道場跡】の石碑!
ちなみに天然理心流は多摩を中心に広がっていた剣術の流派です。新選組の局長になる近藤勇が宗家を引き継いだことで有名ですね。

門の中に入るとここにも石が建っています。

明治天皇がご休憩されたってことでしょうか。

さらに進むと大きな屋敷です。
やっぱり風格があります。ちょうど庭の梅の花が咲き始めていました。
江戸時代からこの梅はあったのでしょうか?江戸時代のお殿様たちもこの梅を見ていたのかと妄想もはかどります。

 

玄関で観覧料金を支払って中に入ります。

無料で施設の方が解説をしてくれるのですが、入館した時間は15時過ぎ。もう1件見たい場所があったのでここは急いでひとりで拝観させてもらうことにしました。

本陣の内部

最初の部屋には新選組の羽織。記念撮影用です。

そして気になる展示が。

土方家と佐藤家の家系図です。

土方歳三と佐藤彦五郎はいとこ同士の関係にあったんですね。
土方歳三のお姉さんのぶは佐藤彦五郎と結婚します。
歳三の兄、為次郎はよくこの佐藤彦五郎の邸宅に遊びに来ていたし、歳三もよく訪れていたといます。

土方家と佐藤家は深いつながりがありました。のちに彦五郎が新選組を支援したのもうなずけます。

次の間には大きな「書」。
解説員の方が他のお客さんに説明していましたが、時間がなかったので先に行かせてもらうことに。

この部屋で江戸に隊士募集に来た歳三たちも休んでいたという説も。

そして、もう一つ奥の部屋にまつわるエピソード。

戊辰戦争で敗戦濃厚となった歳三は、小姓だった市村鉄之助の命を助けるため、自身の佩刀と写真、遺髪を彦五郎へ届けるように命じます。

鉄之助は不本意ながらもこの命令に従い、やっとのことでこの佐藤彦五郎の屋敷へたどり着きます。
無事に彦五郎のもとへ届けられた写真や佩刀は、土方歳三資料館で現代でも見ることができます。

その後、鉄之助はこの部屋で彦五郎夫婦にかくまわれていたそうです。

明治政府軍の追及も厳しい中、この部屋で鉄之助はどんな思いだったのでしょうか?
またも妄想がはかどります。

市村鉄之助が出てくるめっちゃおもしろい小説【一刀斎夢録】

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刀

次の間へ

ちょっとコワいですね。

いきなり甲冑です。なんとなく無造作に置かれたこの甲冑。
説明書きもなく、訪れている人々ににらみを利かせているようです。

現在は見られない【上段の間】

実はこの邸宅にはもう二間部屋がありました。
が、
明治26年に彦五郎の四男、彦吉が養子にいった「有山家」が火事になり、そちらに移築されました。

「有山家」では現在もその二間は使われているそうですよ。

実はその移築された部屋。
「上段の間」といって、大名などの身分の高い人が宿泊する部屋だったんです。
明治天皇も休息した場所ですから、見てみたかったですね。

いろいろなところも注目

釘隠し。
うさぎバージョン

コウモリバージョン

キレイな欄干

ひょうたんマークを探そう。

家具も年季が入っていて趣を感じますね。

庭もきれいに手入れされています。

他にもキレイな襖や書なども展示されていますよ。

基本情報

日野宿本陣公式ホームページ

地図

料金

大人200円、小人50円

新選組のふるさと歴史館も当日に行かれる方は300円で両方入場できますよ!

開館時間

9:30~17:00 (入館は16:30まで)

休館日

毎週月曜日
※祝日にあたる日はその翌日、年末年始 (その他臨時休館日があります)

最後に。

築150年にもなる日野宿本陣。

東京で唯一当時のまま現存している本陣です。
入ってみると風格のある建物で、新選組好きな私はいろんな妄想をして楽しむことができました。

次回は時間をしっかりとって、解説を聞きながらまた妄想に励みたいと思います。

佐藤彦五郎新選組資料館は日野宿本陣のすぐ裏側です。

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